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80陶淵明 .命子


六朝の詩人


80陶淵明 .命子


陶淵明 命子:29歳 長男誕生、祖先を語る

陶淵明の詩「命子」(子に名づく)は、長男の儼が生まれたときに、その誕生を祝福するとともに、改めて祖先に思いをいたして詠んだ詩である。時に陶淵明29歳であった。この詩には、陶淵明の祖先、とりわけ曽祖父陶侃に対する尊敬の念が現れており、陶淵明の家族観を知る上で貴重である。
詩は四言八句で一節、計十節からなる。全体は大きく三段に分けられる。第三節目までが前段で、歴史の彼方の遠い祖先が歌われる。第六節目までが中段で、ここでは曽祖父陶侃、祖父陶茂そして父が歌われる。最後の段では、先祖に比較して己のふがいなさを反省し、子に期待する言葉を以て一篇を結ぶ。

悠悠我祖  爰自陶唐  
漠為虞賓  暦世垂光  
禦龍勤夏  豕韋翼商  
穆穆司徒  厥族以昌』  
紛紛戰國  漠漠衰周  
鳳隱于林  幽人在丘  
逸蛟撓雲  奔鯨駭流  
天集有漢  眷予罠侯』  
于赫罠侯  運當攀龍  
撫劍夙邁  顯茲武功  
參誓山河  啓土開封  
微微丞相  允迪前蹤』
渾渾長源  蔚蔚洪柯  
群川載導  衆條載羅  
時有默語  運因隆窖  
在我中晉  業融長沙』  
桓桓長沙  伊勳伊コ  
天子疇我  專征南國  
功遂辭歸  臨寵不惑  
孰謂斯心  而可近得』  
**********
肅矣我祖  慎終如始
直方二台  惠和千里
於皇仁考  淡焉虚止
寄跡夙運  置茲慍喜』
嗟餘寡陋  瞻望靡及
顧慚華鬢  負景只立
三千之罪  無後為急
我誠念哉  呱聞爾泣』
卜雲嘉日  占亦良時
名爾曰儼  字爾求思
温恭朝夕  念茲在茲
尚想孔及  庶其企而』
事髏カ子  遽而求火
凡百有心  奚特於我
既見其生  實欲其可
人亦有言  斯情無假』
日居月諸  漸免於孩
福不虚至  禍亦易來
夙興夜寐  願爾斯才
爾之不才  亦已焉哉』
  


悠悠たる我が祖、爰に陶唐よりす
漠として虞の賓となり、暦世 光を垂る
禦龍 夏に勤め、豕韋 商を翼く
穆穆たる司徒、厥の族以て昌んな』

紛紛たる戰國、漠漠たる衰周
鳳は林に隱れ、幽人 丘に在り
逸蛟 雲を撓り、奔鯨 流を駭かす
天は有漢に集まり、予が罠侯を眷みる』

ああ赫たる罠侯、劍運は攀龍に當たり
を撫して夙に邁き、參茲の武功を顯す
じて山河に誓ひ、土を開封に啓く
微微たる丞相、允に前蹤を迪めり』

渾渾たる長源、蔚蔚たる洪柯
群川載ち導き、衆條載ち羅ぬ
時に默語あり、運は隆窖による
我が中晉に在りて、業は長沙に融る』
桓桓たる長沙、伊れ勳あり 伊れコあり
天子 我に疇し、征を南國に專らにす
功遂げて辭し歸り、寵に臨んで惑はず
孰か謂ふ 斯の心にして、近ごろ得べしと』

肅たり我が祖、終を慎しむこと始の如し
直は二台に方び、惠は千里を和す
ああ皇いなる仁考、淡焉として虚し
跡を夙運に寄せ、冥茲の慍喜を置く』
嗟あ 餘 寡陋にして、瞻望するも及ばず
顧りみて華鬢に慚じ、景を負ひて只立す
三千之罪、後なきを急と為す
我 誠に念ふ哉、呱として爾が泣くを聞く』
卜すれば雲に嘉日、占ふも亦良時
爾に名づけて儼と曰ひ、爾に求思と字す
温恭なれ 朝夕、茲を念へば茲に在り
尚ほ想ふ 孔及を、庶はくは其れ企てよと』
氏@夜 子を生み、遽にして火を求む
凡百 心有り、奚ぞ特に我におけるのみならんや
既に其生を見れば、實に其の可ならんことを欲す
人亦言へる有り、斯の情 假無しと』
日よ 月よ、漸く孩より免かれん
福は虚しくは至らず、禍も亦た來り易し
夙に興き 夜寐ねよ、爾が斯の才を願ふ
爾の不才なる、亦た已んぬるかな』

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まず、前段の三節から。
  悠悠我祖  悠悠たる我が祖
  爰自陶唐  爰に陶唐よりす
  漠為虞賓  漠として虞の賓となり
  暦世垂光  暦世 光を垂る
  禦龍勤夏  禦龍 夏に勤め
  豕韋翼商  豕韋 商を翼く
  穆穆司徒  穆穆たる司徒
  厥族以昌  厥の族以て昌んなり

陶唐とは伝説上の皇帝尭のこと。陶ついで唐に封ぜられたため陶唐氏という。陶淵明は自らの系譜がこの陶唐氏に遡るといっているのであるが、無論その信憑性はない。更に、祖先たちは、夏、殷と歴代を経て、周の時代には司徒となり、一族は大いに栄えたと続ける。周の時代に陶淑というものが司徒となったことは、左伝の記録にもあるが、これが陶淵明の先祖だとする証拠はない。

淵明の曽祖父陶侃は五渓蛮といわれた蛮族の出であった。淵明が漢人の伝説上の皇帝に出自を求めようとするのは、いかにも無理があるようだ。それでも淵明は、己を漢族の英雄に結び付けようとする。貴族制度が栄え、血筋がものをいった南朝時代にあっては、必要なカムフラージュだったのだろう。

  紛紛戰國  紛紛たる戰國
  漠漠衰周  漠漠たる衰周
  鳳隱于林  鳳は林に隱れ
  幽人在丘  幽人 丘に在り
  逸蛟撓雲  逸蛟 雲を撓り
  奔鯨駭流  奔鯨 流を駭かす
  天集有漢  天は有漢に集まり
  眷予罠侯  予が罠侯を眷みる

春秋戦国の衰退の世を経て漢の時代になる。逸蛟、奔鯨とあるのは、漢の高祖をいったものだろう。その漢の時代に、陶舎という祖先が現れて高祖に仕え、罠侯に封ぜられた。

  于赫罠侯  ああ赫たる罠侯
  運當攀龍  運は攀龍に當たり
  撫劍夙邁  劍を撫して夙に邁き
  顯茲武功  茲の武功を顯す
  參誓山河  參じて山河に誓ひ
  啓土開封  土を開封に啓く
  微微丞相  微微たる丞相
  允迪前蹤  允に前蹤を迪めり

三節目は罠侯の武勇を称え、前段が終わる。


中段では、曽祖父陶侃から父親まで三代の祖先が語られる。陶侃は西晋から東晋にかけての武将で、たびたびの戦功により長沙公に封ぜられ、死後大司馬に叙せられた。祖父の陶茂も出世して武昌太守を勤めた。

  渾渾長源  渾渾たる長源
  蔚蔚洪柯  蔚蔚たる洪柯
  群川載導  群川載ち導き
  衆條載羅  衆條載ち羅ぬ
  時有默語  時に默語あり
  運因隆窖  運は隆窖による
  在我中晉  我が中晉に在りて
  業融長沙  業は長沙に融る

陶舎の後、陶氏の一族は様々に枝分かれして、盛衰を経ながらも、晉の中ごろにいたって曽祖父陶侃が現れた。

  桓桓長沙  桓桓たる長沙
  伊勳伊コ  伊れ勳あり 伊れコあり
  天子疇我  天子 我に疇し
  專征南國  征を南國に專らにす
  功遂辭歸  功遂げて辭し歸り
  臨寵不惑  寵に臨んで惑はず
  孰謂斯心  孰か謂ふ 斯の心にして
  而可近得  近ごろ得べしと

桓桓とは威厳に満ちたさま、長沙とは長沙公となった曽祖父陶侃をさす。陶侃は勲功があり、徳も高かったので、天子は重用して南国の征伐に向かわせた。陶侃は任務を果たして復命しても、奢ることがなかった。その心意気は、近頃誰も真似できるものではない。





  肅矣我祖  肅たり我が祖
  慎終如始  終を慎しむこと始の如し
  直方二台  直は二台に方び
  惠和千里  惠は千里を和す
  於皇仁考  ああ皇いなる仁考
  淡焉虚止  淡焉として虚し
  寄跡夙運  跡を夙運に寄せ
  置茲慍喜  冥茲の慍喜を置く

我が祖とは、祖父陶茂のこと。曽祖父同様謙虚な人柄であった。二台とは先祖の二宰相。実直さがそれらに引けをとらず、恩恵を千里四方に及ぼしたという意。仁考は父親のこと。陶淵明の父は若くして死んだらしく、名も事跡も伝わっていないが、淵明はこの父親をも尊敬していたようだ。


後段は、先祖に比較して己がふがいなさを恥じることから始まり、生まれた子に将来を託して結ぶ。

  嗟餘寡陋  嗟あ 餘 寡陋にして
  瞻望靡及  瞻望するも及ばず
  顧慚華鬢  顧りみて華鬢に慚じ
  負景只立  景を負ひて只立す
  三千之罪  三千之罪
  無後為急  後なきを急と為す
  我誠念哉  我 誠に念ふ哉
  呱聞爾泣  呱として爾が泣くを聞く

寡陋とは徳少なく、かたくななこと、陶淵明は自らそう謙遜して、望んでも先祖たちには及ばないと嘆く。華鬢とは白くなった鬢、29歳にして既にそうだったのであろうか。「後なきを急と為す」とは、いまだ跡継ぎの生まれないことへの言及、跡継ぎの居ないことは三千之罪に匹敵したのだろう。

そうこうするうちに子が産まれ、その産声が聞こえてきた。陶淵明の喜ぶさまが伝わってくるようだ。

  卜雲嘉日  卜すれば雲に嘉日
  占亦良時  占ふも亦良時
  名爾曰儼  爾に名づけて儼と曰ひ
  字爾求思  爾に求思と字す
  温恭朝夕  温恭なれ 朝夕
  念茲在茲  茲を念へば茲に在り
  尚想孔及  尚ほ想ふ 孔及を
  庶其企而  庶はくは其れ企てよと

陶淵明は吉日を選んで子に儼と名づけ、求思と字した。孔子の孫、孔?にあやかった字である。孔?は字を子思といったからである。父は子に、?恭なれと呼びかけ、孔?のように前向きに生きよと願う。

  事髏カ子  氏@夜 子を生み
  遽而求火  遽にして火を求む
  凡百有心  凡百 心有り
  奚特於我  奚ぞ特に我におけるのみならんや
  既見其生  既に其生を見れば
  實欲其可  實に其の可ならんことを欲す
  人亦有言  人亦言へる有り
  斯情無假  斯の情 假無しと

獅ニはらい病患者のこと。彼らでさえ夜中に子を産めば、このために火を求める、親の愛情とはそのようなものだ、自分もまた世間の親同様、子のためにあれこれと心を砕くのだと歌う。

  日居月諸  日よ 月よ
  漸免於孩  漸く孩より免かれん
  福不虚至  福は虚しくは至らず
  禍亦易來  禍も亦た來り易し
  夙興夜寐  夙に興き 夜寐ねよ
  願爾斯才  爾が斯の才を願ふ
  爾之不才  爾の不才なる
  亦已焉哉  亦た已んぬるかな

最後の節にいたって、父親陶淵明は子に向かってこんこんと語り聞かせる。その情愛は、われわれ現代人と、時空を越えて通じあうものがある。

「月日が経つにつれ、おまえもだんだんと成長していくであろう、幸せはただ待っていてはやってこないし、逆に災いは望まずして来る、早起きして夜遅くまでいそしめ、わたしはお前に才能があることを祈る、もし不才であったとしても、それはそれでいたし方のないことだ」


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漢文委員会  紀 頌之