紀頌之の中国詩文研究のサイト 杜甫詩



     杜甫詩

158杜甫 若き思いでを詠う


 杜甫の詩    158杜甫 若き思いでを詠う

158杜甫 若き思いでを詠う  

・壮遊  ・往在 ・昔遊 遣懐



 若い時の杜甫、洛陽を中心とした時期、その後の長安での10年。衝撃的な李白との出会い。いやな思いをしながら付き合った貴族、長い長い士官の道、そして、その土台のところで崩れてきた、律令体制、均田制と府兵制、質素賢人の文人たちの排除、皇帝の奢侈な生活、若き杜甫を取り巻く分析考察の事柄は無限にあります。

 杜甫の生まれる8世紀前半の社会体制は、3世紀ぐらいから、数百年間維持されて強化されてきた律令制です。そして貴族の支配体制である。六朝から隋、唐と変わり約100年経過している。当然、皇帝もこれら貴族の出身である。貴族の中の力関係(富と兵力)で時代の皇帝は誕生した。貴族,士族は血縁を重視した。杜甫は生まれた時から敏感で賢かった。当然、父以上の地位と影響力を持つもの、持てる者と思っていた。若い時からの交友関係にそれが表れている。気ままで、偏った勉学をしており、きれいな文章を書くものが採用される登用試験に落第して当然と思われる。どの時代も成長するのは、叩かれ押さえつけられ、踏みつけられるのをバネにするものである。

杜甫の若い時の区分は
  1.生誕から十代後半まで
  2.洛陽・晋(山西)、呉越(江蘇・浙江)、斉趙(山東・河北)などで遊ぶ、20代後半から李白と遭遇し、別れる30代半ばまで
  3.長安に出て士官活動をし、念願の士官がかなうが安禄山の乱で翻弄される前までの約10年間
 ということになります。

1.30歳までの時期
・五言古詩「壮遊」10代後半で、洛陽の盛り場に出入、その後 呉越の旅を始める。越州山陰県にある鑑湖、南の山間の名勝の?渓(せんけい)に足を延ばします。24歳の春貢挙(こうきょ)を受験し、落第します。壮遊はその後についても触れていますがここでは、できるだけ、残された詩により進めていきます。
・五言古詩「遊龍門奉先寺」(已従招提遊) 洛陽にとどまって、龍門の奉先寺を訪ねている。則天武后を模した高さ17mの廬舎那仏(761年に完成)がある。
・25歳七言律詩「題張氏隠居二首」斉趙に遊ぶ時 張氏の隠れ家に書き付けた詩です。
・開元25年737年26歳 五言律詩「登袁州城楼」河南・山東に放浪生活を送っていたころ、袁州都督府司馬の官にあった父の杜閑を訪れた折の詩。同年の作として、七言律詩「與任城許主簿游南池」、七言律詩「封雨書懐走邀許圭簿」がある。
〇738年三月、唐軍、吐蕃を破る。六月、唐軍、契丹を大いに破る。
〇開元27年739年八月、唐軍、突蕨に大勝す。李林甫、吏部尚書となり、中書令を兼ねる。
〇開元28年740年この年、五穀豊かに稔り、米価は斗二百に満たず、天下、泰平を謳歌す。張九齢・孟浩然死す。
・開元29年741年30歳 五言古詩「望嶽」  ?州から北80kmに泰山があり、足を延して「望嶽」を詠んだ。詩は杜甫の残された作品の中では初期の名作がある。同年の作、五言律詩「巳上人茅粛」。
 以上がこの時期の作品です。壮遊については2.と3.の時期の説明の後に示します。



  2.洛陽・晋(山西)、呉越(江蘇・浙江)、斉趙(山東・河北)などで遊ぶ、20代後半から李白と遭遇し、別れる30代半ばまで











天宝3載青年期の思い出  (菱州にて)

五言古詩「壯游」杜甫
往昔十四五,出遊翰墨場。斯文崔魏徒,以我似班揚。
七齡思即壯,開口詠鳳凰。九齡書大字,有作成一嚢。
性豪業嗜酒,嫉惡懷剛腸。脱略小時輩,結交皆老蒼。
飲酣視八極,俗物都茫茫。』

東下姑蘇台,已具浮海航。到今有遺恨,不得窮扶桑。
王謝風流遠,闔廬丘墓荒。劍池石壁仄,長洲荷菱香。
嵯峨閭門北,清廟映回塘。毎趨呉太伯,撫事涙浪浪。
枕戈憶勾踐,渡浙想秦皇。蒸魚聞匕首,除道哂要章。
越女天下白,鑒湖五月涼。炎溪蘊秀異,欲罷不能忘。』

歸帆拂天姥,中歳貢舊郷。氣削屈賈壘,目短曹劉牆。
忤下考功第,獨辭京尹堂。放蕩齊趙間,裘馬頗清狂。
春歌叢臺上,冬獵青丘旁。呼鷹p櫪林,逐獸雲雪岡。
射飛曾縱轡,引臂落鷲鶴。蘇侯據鞍喜,忽如攜葛強。』

快意八九年,西歸到咸陽。許與必詞伯,賞游實賢王。
曳裾置醴地,奏賦入明光。天子廢食召,群公會軒裳。
脱身無所愛,痛飲信行藏。K貂不免敝,斑鬢兀稱觴。
杜曲晩耆舊,四郊多白楊。坐深郷黨敬,日覺死生忙。
朱門任傾奪,赤族迭罹殃。國馬竭粟豆,官鶏輸稻粱。
舉隅見煩費,引古惜興亡。』

河朔風塵起,岷山行幸長。兩宮各警蹕,萬里遙相望。
空洞殺氣K,少海旌旗黄。禹功亦命子,琢鹿親戎行。
翠華擁英嶽,蠣虎啖豺狼。爪牙一不中,胡兵更陸梁。
大軍載草草,凋蔡滿膏肓。備員竊補袞,憂憤心飛揚。
上感九廟焚,下憫萬民瘡。斯時伏青蒲,廷爭守禦床。
君辱敢愛死,赫怒幸無傷。聖哲體仁恕,宇縣複小康。
哭廟灰燼中,鼻酸朝未央。小臣議論絶,老病客殊方。
鬱鬱苦不展,羽鬲困低昂。秋風動哀壑,碧屎o微芳。
之推避賞從,漁父濯滄浪。榮華敵勳業,歳暮有嚴霜。
吾觀鴟夷子,才格出尋常。群凶逆未定,側佇英俊翔。




下し文
往者(むかし)十四五
出でて翰墨(かんぼく)の場(にわ)に遊ぶ
斯文(しぶん)なる崔魏(さいぎ)の徒(と)は
我を以て班揚(はんよう)に似たりとす
七齢(しちれい)にして思い即ち壮(そう)なり
口を開きて鳳凰(ほうおう)を詠ず
九齢(きゅうれい)にして大字(だいじ)を書し
作(さく)有りて一?(いちのう)を成(な)す

性は豪(ごう)にして業(すで)に酒を嗜(たしな)み
悪を嫉(にく)みて剛腸(ごうちょう)を懐(いだ)く
脱落(だつらく)して時輩(じはい)を小(いや)しみ
交(こう)を結ぶは皆(みな)老蒼(ろうそう)なり
飲(いん)酣(たけなわ)にして八極を視(み)れば
俗物(ぞくぶつ)多く茫茫(ぼうぼう)たり

東  姑蘇台(こそだい)に下れば
已(すで)に浮海(ふかい)の航(こう)の具(そな)えあり
今に到るも遺恨(いこん)有るは
扶桑(ふそう)を窮(きわ)むるを得(え)ざりしこと

王謝(おうしゃ)の風流(ふうりゅう)は遠く
闔閭(こうりょ)の丘墓(きゅうぼ)は荒れたり
剣池(けんち)の石壁(せきへき)は仄(かたむ)き
長洲(ちょうしゅう)の?荷(きか)は香(か)んばし
嵯峨(さが)たる?門(しょうもん)の北
清廟(せいびょう)は迴塘(かいとう)に映ず
呉(ご)の太伯(たいはく)に趨(もう)ずる毎(ごと)に
事(こと)を撫(しの)びて涙は浪浪(ろうろう)たり

蒸魚(じょうぎょ)の匕首(ひしゅ)を聞く
除道(じょどう)せしめて?章(ようしょう)を哂(わら)う
戈(か)を枕にせし勾踐(こうせん)を憶い
浙(せつ)を渡りては秦皇(しんのう)を想う
越女(えつじょ)は天下に白く
鑑湖(かんこ)は五月も涼し
?渓(せんけい)は秀異(しゅうい)を蘊(つつ)み
罷(や)めんと欲すれど忘る能(あた)わず

帰帆(きはん)は天姥(てんぼ)を払い
中歳(ちゅうさい)にして旧郷より貢(こう)せらる
気は屈賈(くつか)の塁(るい)を?(けず)り
目は曹劉(そうりゅう)の墻(しょう)を短(たん)とす
忤(さか)らいて考功(こうこう)の第(だい)より下(お)ち
独り京尹(けいいん)の堂(どう)を辞す

斉趙(せいちょう)の間(かん)に放蕩(ほうとう)し
裘馬(きゅうば)頗(すこぶ)る清狂(せいきょう)なり
春は叢台(そうだい)の上に歌い
冬は青丘(せいきゅう)の旁(かたわら)に狩す
鷹(たか)をp櫪(そうれき)の林に呼び
獣(じゅう)を雲雪(うんせつ)の岡に逐(お)う
飛(ひ)を射んとして曾(すなは)ち?(こう)を縦(はな)ち
臂(ひじ)を引きて??(しゅうそう)を落す
忽(たちま)ち葛彊(かつきょう)を携(たずさ)うるが如し




新読み文
かつて十四五歳のとき
文学の世界に乗り出した
学者の崔尚や魏啓心らは
班固・揚雄のようだと私をほめる
詩文への思いは七歳にして壮んとなり
鳳凰の詩を口ずさんだ
九歳のときには立派な字を書き
作品は成って?(ふくろ)にみちた

性格は豪放ではやくも酒を嗜み
心は剛直で悪をにくんだ
同年の小さな輩(やから)は眼中になく
交際するのは みな年上の人だった
酔いがまわって世界の隅々を眺めると
俗物がのさばり広がっている

東のかた  姑蘇台に向かい
海上をゆく船の用意もした
いまでも残念に思うのは
東海の扶桑の国へ行かなかったことだ
晋の王導や謝安の風流は遠くへだたり
呉王闔閭の墓は荒れていた
剣池には 石の壁がかたむきかかり
長洲苑には菱や蓮の花が匂っている
高く聳える?門の北
清らかな廟が  まわりの池に影をさす
呉太伯の塚に参るたびに
昔を想って涙はつきない

魚腹に匕首を隠した専諸の故事を聞き
故郷に錦を飾る朱買臣の話をおかしく思う
戈を枕にした越王勾踐のことを憶い
浙江を渡れば始皇帝の昔を想う
越の女は天下に聞こえた色白の美人
鑑湖のあたりは五月であるのに涼しいと感ずる
?渓には山水の奇勝があつまり
想い出は忘れようとしても忘れられない

帰りの船は  天姥の峰をかすめてゆき
若年を過ぎて貢挙に推薦される
意気は屈原・賈誼の才能に挑み
曹植・劉驍も見くだすほどだ
考功員外郎の意に副わず
落第してひとり京兆尹の政堂を辞す

それから斉趙の間を気ままに歩き
軽裘肥馬(けいきゅうひば)  放逸の限りをつくした
春は叢台の上で歌を吟じ
冬は青丘のかたわらで狩りをする
櫟(いちい)の林で鷹を呼び
降りつむ雪の岡で獣(けもの)を追う
手綱(たづな)を放して飛鳥をねらい
弓をしぼって??を射落とす
友人の蘇預は鞍を寄せてよろこび
葛彊が山簡に従うような親しさである


● 杜甫の詩



Topページ   ページの先頭へ

 

漢文委員会  紀 頌之