311蘇東坡詩
蘇東坡の詩
蘇東坡ものがたり
蘇軾・東坡:
北宋の文人で、詩は宋代第一と称された。官僚。
1036年(景祐三年)〜1101年(建中靖國元年)
眉州眉山の出身。字は子膽、号は東坡。蘇洵の子、蘇轍の兄。嘉祐2年(1057)の進士。
夙に将来を嘱望され、英宗期に判登聞鼓院、直史館とされたが、神宗期に新法に猛反対した。新法を進めたのは、王安石、反対派は司馬光であった。王安石派の改革に蘇東坡は地方に左遷された。いわゆる州の副知事を歴任した。
1079年には詩文中で時政を誹謗したとして黄州に配流された。元佑年間には翰林学士・侍読とされ、募役法の廃止に反対して知杭州に転出し、1092年に礼部尚書に復したが、紹聖以降は恵州ついで瓊州(海南島)に流され、常州で客死した。
文人としても著名で、父・弟とともに“三蘇”と称され、“大蘇”とも呼ばれた。線の太い詩は宋
代文学の最高峰とされ、『赤壁賦』は黄州配流時に創られた傑作。唐宋八大家の1人。
杭州時代の西湖の蘇堤や豚肉は上流階級は食べなかったものをメジャーな食とした東坡肉など後世に残している。
�@浣溪沙
�A
和孔密州五絶 東欄梨花
�B春夜
�C題西林壁
�D
飮湖上初晴後雨
�E澄邁驛通潮閣
�F六月二十七日望湖樓醉書
�G和陶飮酒
�H念奴嬌
�I江城子(密州出猟)
�J水調歌頭
�K水調歌頭
�L江城子(乙卯正月二十日夜記夢)
�M食猪肉
蘇東坡�C 題西林壁 蘇軾
��看成嶺側成峰,遠近高低各不同。
不識廬山真面目,只縁身在此山中。
西林の壁に題す
��ざまに看れば嶺れいと成り 側かたはらよりは峰ほうと成る,
遠近 高低 各おのおの同じからず。
廬山ろざんの 真面目を 識しらざるは,
只ただ 身の 此この山中に在あるに 縁よる。
題西林壁
西林寺の壁に詩を作って書く。 ・題…壁:詩を作って…の壁に書く。 ・西林:廬山の麓にある西林寺。第一聯では、離れて観察した廬山の様々な態様をいい、第二聯では、自分自身がその中に入ってしまうと、客観的な状況が把握できないことをいう。
��看成嶺側成峰
(廬山は)横から見ると山脈状に連なった嶺々になり、わきから見ると一つだけ空に抜きん出た峰になり。 *眺める角度を変えると、姿が変わって見える。 ・��:よこ。この「横」は、後出の「側」に対応して使われている。句中の対。 ・看:見る。 ・成:(…と)なる。 ・嶺:山脈。みね。「嶺」〔れい〕は、山脈状に続く山並みであるのに対して、「峰(峯)」〔ほう〕(一つだけ)とがって出た山のいただき。独秀峰。 ・側:かたわら。わき。そば。詩句の構成から見ると、「��」とは異なった方向の意になる。 ・峰:みね。(一つだけ)とがって出た山のいただき。独秀峰。
遠近高低各不同
(嶺々の)遠近や高低といったものは、それぞれの(嶺)によって異なる。 ・遠近:遠い所と近い所。おちこち。 ・高低:物の高いことと、低いこと。 ・各:おのおの。 ・不同:同じではない。さまざまである。「各不同」を「無一同」ともする。
不識廬山真面目
廬山の本来の姿が分からないのは。 ・不識:分からない。(知識として)知らない。 ・廬山:〔ろざん〕江西省の九江市の南にある山塊。陶潛は南山と詠ったこともある。陶淵明の隠棲した近くにある山。。廬山地図。 ・真面目:そのものの本来の姿。真価。
只縁身在此山中
それはただ、自身が(廬山の)山の中にいることに因るのだ。 ・只縁:ただ…に基づく。ただ…による。 ・身:自身。自分の体。 ・在:…にある。…にいる。 ・此:この。 ・山中:山の中。転じて、その問題の渦中。ここでは、第一義的には廬山の山中のことになる。
そとうばは、晩年政争のために、海南島の役人に左遷流された。この作品はそれが赦されて、流謫の地から本土に還る際、海南島北部の澄邁駅にある通潮閣に上って詠じたものである。
・澄邁驛:海南島北部で海岸線より2キロメートル入り込んでいる。任地の?州と海口の間に位置する。
蘇東坡�E澄邁驛通潮閣 二首
(一)
倦容愁聞歸路遙,眼明飛閣俯長橋。
貪看白鷺��秋浦,不覺青林沒晩潮。
(二)
餘生欲老海南村,帝遣巫陽召我魂。
杳杳天低鶻沒處,青山一髮是中原。