杜牧 江南春
1 江南の春 杜牧
《江南春絶句》(ありきたりの春が巡ってきたと思っていたら、改めて目にすると言葉にしきれないほどの春を感じる)
千里鶯啼緑映紅、水村山郭酒旗風。江南に春が来て、鶯の声が千里四方に広がり、木々の緑が花の紅色と映しあっている。春水の流れる水際の村にも、山沿いの郭で囲まれた村にも酒屋ののぼりが春風にたなびいている。
南朝四百八十寺、多少楼台煙雨中。南朝の都が数百年続いた古都金稜には、南朝四百八十寺にも春風がたなびき、春雨の中、金陵に建つ高楼台は煙中にうかんでいる。
(江南の春 絶句)
千里 鶯啼きて 香@紅に 映ず,水村す 山郭 酒旗の風。
南朝 四百八十寺,多少の 樓臺 煙雨の中
訳注解説江南春絶句 (ありきたりの春が巡ってきたと思っていたら、改めて目にすると言葉にしきれないほどの春を感じる)
わざわざ「絶句」を強調しているのであり、「詞」をいしきさせて、『江南春』という詞牌(?)でも呼ば れている。絶句と謂うには詞の「構成」、平仄上で問題がある。これは近体詩の詩形の絶句ではなく、感動のあまり、ことばがつまって出なくなった「詞」と考える。
千里鶯啼拷f紅、水村山郭酒旗。江南に春が来て、鶯の声が千里四方に広がり、木々の緑が花の紅色と映しあっている。春水の流れる水際の村にも、山沿いの郭で囲まれた村にも酒屋ののぼりが春風にたなびいている。
・千里鶯啼:遥かに広がる江南に、ウグイスの鳴き声が聞こえ。
・千里:遥かに離れた距離を表す。実数ではない。
・鶯啼:ウグイスが啼く。ウグイスで春を示している。「千里の春」のこと。
・拷f紅:若葉の緑が、紅い花に照り映えている。若葉の緑が紅い花を引き立たせている。
・香F草木の色。 ・紅:(赤い)花。
なお、「百里」は一邑(村、一地方)で人が一日程度で移動できるできる距離になる。「千里」は遠い距離で、風俗が異なる。邦国が単位となろう。「萬里」は遙か遠くはなれたところ。人間業としては到達し難(がた)い距離。
・水村:水辺の村。水郷。
・山郭:山沿いの聚落の外周の建物。
・酒旗風:酒屋の看板になっている旗・酒簾に吹く風。
南朝四百八十寺、多少樓臺烟雨中。南朝の都が数百年続いた古都金稜には、南朝四百八十寺にも春風がたなびき、春雨の中、金陵に建つ高楼台は煙中にうかんでいる。
・南朝:四二〇年〜五八九年の間に、江南の地に興った六朝(呉、東晉、宋、斉、梁、陳)の中の宋、斉、梁、陳の四王朝で、建康を首都とした。ここでは、同義に使われている。なお、北朝が異民族の王朝が主なことに対して、南朝は漢民族の王朝が続いたので、漢人にしてみれば、南朝が主流になる。
・四百八十寺:首都建康を始めとする江南各地にあった寺院数。「四百八十寺」を伝統的に「しひゃくはっしんじ」と読む。
・多少:多くの。また、どれほどの。
・樓臺:高い建物。
・烟雨中:霧雨のなかにある。
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千里鶯啼緑映紅、水村山郭酒旗風。
南朝四百八十寺、多少楼台煙雨中。
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2.泊秦淮 杜牧
煙籠寒水月籠沙、夜泊秦淮近酒家。
商女不知亡國恨、隔江猶唱後庭花。
秦淮(しんわい)に泊す
煙は寒水を籠め月は沙を籠む,
夜秦淮に泊して酒家に近し。
商女は知らず亡國の恨,
江を隔てて猶唱(うた)ふ 後庭花。
1.泊秦淮
建康の歓楽街である秦淮に泊まる。
・秦淮:建康(現・南京)を貫流して長江へ注ぐ古代の運河。詩詞によく詠い込まれている。この一帯は遊覧の地でもあり、秦淮といえば、その方の意味もある。
2.煙籠寒水月籠沙
もやが寒々とした冬の川にたちこめて、月光が河の砂州辺りを明るくしている。
・煙籠寒水:もやが寒々とした冬の川にたちこめ。
・煙:霞(かすみ)や靄(もや)等の白くかすむ天然現象。
・寒水:寒々とした冬の川。ここでは、冬の秦淮河を指す。
・月籠沙:月光が河の砂に射している。
・籠:たちこめる。
・沙:砂州。
3.夜泊秦淮近酒家
夜、秦淮河の畔(の歓楽街)で、酒家が近くにあるところに泊まった。
・夜泊:宿泊する。船旅が多い時代で川沿いに発達した宿所に泊まる。
・酒家:酒屋。飲み屋。蛇
4.商女不知亡國恨
妓女は(陳の、また南朝の)亡国の哀しいできごとを知らないので。
・商女:妓女。歌い女(め)。
・不知亡國恨:商女のような庶民は後主が酒色に耽り、国を亡ぼしたという、故事を知ることが無い。
5.隔江猶唱後庭花
川向こうより、(歴史の悲哀を省みることもなく)なおも淫靡な亡国の歌曲である『玉樹後庭花』を唱っている(歌声が聞こえてくる)。
・隔江:川を隔てて。川向こうから。
・猶唱:(歴史の悲哀を省みることもなく)なおもうたっている。
・唱:うたう。同じ意味で少しずつ違うものには、ご存じの通り「歌謡吟嘯謳…」、また、「誦詠…」など多くあるが、「唱」は演劇用語や白話としても一番一般的で、日本語での「歌」の動詞としての使い方に匹敵する。
・後庭花:淫靡な、亡国の響きのある歌。『玉樹後庭花』。南朝の陳の後主が作った淫靡な詩(本来は音楽)。
3.山行 杜牧
遠上寒山石徑斜、白雲生處有人家。
停車坐愛楓林晩、霜葉紅於二月花。
1.山行
山路を行く。
2.遠上寒山石徑斜:遠くはるばると晩秋の山に登ってみたが、石の小道がくねくねと続いて。
・遠上:はるばると上って。
・寒山:晩秋から初冬にかけての山。寒々とした山。地名ではない。
・石徑:山道。石の小径。
・斜:山道がくねくねとなりながら、上へ続いているさま。
3.白雲生處有人家
(遠くを見渡せば)仙境ともいうべき深山にも、人が住んでいる。 *寂静の光景中に生動があるという対比の妙。
・白雲:はくうん。人間世界を離れた、超俗的な雰囲気を持つ語で、仏教、道教では、「仙」「天」の趣を漂わせる。ただの白い雲ではない。
・白雲生處:仙境。深山をいう。人煙が昇る処ではない。
・有人家:人家がある。
4.停車坐愛楓林晩
車を停めて、漫然と楓の林に訪れた夕暮れを味わえば。或いは、車を停めたのは、楓の林に訪れた夕暮れを味わうためである。
・停:(途中で)とめる。一時的にとまる。とどめる。
・車:人力で担ぐ輿、山駕籠のようなもの。
・坐:伝統的に「そぞろに」と読んでいる。「坐」字の意味は、「故無く、原因が無く」で、これは、「そぞろに」に当たる。また、「…のために」という意味もあり、こちらで解釈する場合もある。
・楓林:楓(かえで)の林。
・晩:くれ。宵。
5.霜葉紅於二月花
霜のあたった葉は、二月に咲く花よりも紅い。
・霜葉:紅葉。霜のために紅くなった葉のこと。
・紅於:…よりも紅い。「…[形容詞(A)]+於B」で、「…は、Bよりも Aい」「…は、…よりも □い」という意味を持つ。
・二月:陰暦二月。仲春の二月。日本風にいえば如月(きさらぎ)のこと。「じげつ」とも読むが…。
・二月花:〔にぐゎつのはな〕陰暦二月の頃に中原の地に咲く花。古来、梅や多くの花が比定されてきた。
山行
遠く寒山に上れば石徑斜めなり,
白雲生ずる處 人家有り。
車を停(とど)めて 坐(そぞ)ろに愛す 楓林の晩(くれ),
霜葉は二月の花よりも紅(くれなゐ)なり
4.C明 杜牧
C明時節雨紛紛、路上行人欲斷魂。
借問酒家何處有、牧童遙指杏花村。
1.清明
清明節。新暦の四月四〜六日ごろのこと。「踏青」(郊外へのピクニック)の時期である。この詩は、気楽に思いつくままに歌いあげた感じのある素直な詩である。
2.C明時節雨紛紛
清明節で「踏青」(ピクニック)やお墓参りの時期の江南の春は、よく雨が降るものだが。
・C明:清明節。清明節は、二十四気の一で、春分から数えて十五日目(冬至から数えて百五日目)から三日間。先祖のお墓参りなどをする。新暦の四月四〜六日ごろになる。
・紛紛:(花や雪などが)散り乱れるさま。
3.路上行人欲斷魂
路を行く人(わたし)は、うんざりとなってきた。
・路上:路上。途上。
・行人:道を行く人。旅人。ここでは、作者自身をいう。
・欲:…んとする。…になろうとする。
・斷魂:(白話)(非常な感動・衝撃を受けて)魂がうっとりするさま。身に付かないさま。(古語)非常に心を痛めること。
4.借問酒家何處有
お尋ねするが、酒を飲ますところは、どこぞにあるのだろうか。
・借問:〔しゃもん〕少しお尋ねするが
・酒家:酒屋。酒を飲むところ。蛇足になるが、現代の酒家では美しい小姐がもてなすと聞くが…。
・何處有:どこかに(酒屋が)あるのか。どこかにないのか。
日本語の「ある」は、「有」または「在」で表される。
一口に言えば「有」は、有無・所有を表し、「在」は存在を表す。
在 「在何處」 「(某人は)どこにいるのか」。(所在、存在を尋ねている)
「何處在」 「(その事物は)どこにあるのか」。(存在、所在を尋ねている)
5.牧童遙指杏花村
牛飼いの少年は遙か向こうのアンズの花が咲いている村を指さした。
・牧童:羊飼いの少年。牛飼いの少年。
・遙指:遙か向こうを指さして。
・杏花村:アンズの花が咲いている村。杏花の村。固有名詞ではない。
この詩が元になって、「杏花村」は春景色の表現の一となったり、酒を飲ます所を指すようにもなった。
C明
C明の時節 雨 紛紛。
路上の行人 魂を斷たんと欲(ほっ)す。
借問(しゃもん)す 酒家 何れの處にか 有る,
牧童 遙かに指さす 杏花の村。
5. 赤壁 杜牧
折戟沈沙鐵未銷、自將磨洗認前朝。
東風不與周カ便、銅雀春深鎖二喬。
1.赤壁
三国時代の赤壁の戦いがあったところ。
呉の孫権、周瑜、蜀の劉備、諸葛亮が火攻め(自軍の船に薪や油を積んで火焔船とし、連結させて停泊していた敵船隊の中に突っ込ませた)で、魏の曹操の軍船を撃ち破った場所。湖北省嘉魚県の東北。長江の南岸。三国時代に呉の周瑜が対岸の烏林で魏の曹操を破ったところ。もっとも、杜牧が刺史として赴いたのは黄州(現・黄岡県)で、その近くにある赤壁とは蘇軾たちも勘違いした赤鼻の方で、ここでは、赤鼻磯の方のこと。
2.折戟沈沙鐵未銷
ほこを折り、やがて砂に埋もれて(いたものが、今日、現れたが、)鉄は、まだ錆びてぼろぼろにはなっていなかった。
・折戟:折れたほこ。嘗て戦闘があったことを言う。
・沈沙:砂の中に埋もれてしまった。赤壁の戦いから時間が経ったことをいう。
・銷:きえる。とける。『聯珠詩格』は音読みを採用しているので、それに従う。
・將:…を持つ。
3.自將磨洗認前朝
手に取り持って、きれいに磨いて、泥を洗い拭えば一昔前の時代のものと認められた。
・將:…をもって。(「以て」と「持って」の双方の意あり)。
・磨洗:きれいに磨いて、泥を洗い拭えば。
・前朝:以前の王朝。前の時代。
4.東風不與周郎便
もしも東風が周郎に味方しなかったら(周瑜の軍は敗れて)。
・東風:東の風。周瑜や諸葛亮が待ち望んだ東風。「只欠東風」の東風。
・與:ために。介詞。また、与(くみ)する。与(あづ)かる。味方する。
・不與:与(くみ)しない。与(あづ)からない。味方しない。ここは、介詞として働いてはいなくて、動詞として働いているか。
・周郎:周瑜のこと
・便:べん。便宜。便宜(を図る)。味方(する)。ここは名詞。前出の「(不)與」は動詞として働いており、「周郎便」を客語としている。
5.銅雀春深鎖二喬
曹操の宮殿である銅雀台は春深くして二喬を閉ざし込んでいる。
・銅雀:曹操の宮殿。銅雀台のこと。
・鎖:とざす。曹操の方が逆に戦いに勝って、打ち負かされた周瑜の妻である二喬(二橋)を自分の宮殿へ連れて返って、擒とすることをいう。
・二喬:二橋のこと。周瑜の妻。
赤壁
折戟沙に沈みて鐵未だ銷(しょう)せず、
自ら磨洗を將(もっ)て 前朝を認む。
東風 周郎の與(ため)に便せずんば、
銅雀 春深くして二喬を鎖(とざ)さん。
6.寄揚州韓綽判官 杜牧
山隱隱水遙遙、秋盡江南草木凋。
二十四橋明月夜、玉人何處ヘ吹簫?
1.寄揚州韓綽判官
揚州の韓綽判官に手紙や詩を郵送する。 *韓綽判官と楽しく遊んだ揚州の夜を思い出して詩にした。
・寄:詩詞を離れた人の許へとどけること。
・揚州:地名。江蘇省の長江北岸に位置している。京口(現・鎭江)の対岸で瓜州の附近。
・韓綽:人名。
・判官:唐代の官職名。
2.山隱隱水遙遙
青い山は霞んで、水面は遥かに遠くまで広々としている。
・山:ここでは、普通の青い山。
・隱隱:かすかで明らかでないさま。ぼんやりとしているさま。詩詞では山の形容として、隱隱をよく使う。
・水:川の流れ。川や湖の水面。
・遙遙:はるかに遠いさま。「迢迢」ともする。意味は同じ。
3.秋盡江南草木凋
秋が終わって、江南の草木は凋んで散ってしまった。
・秋盡:秋が終わって。
・江南:中国南部。長江下流以南の温暖多雨の地。
・草木凋:草木は(初冬の寒さで)凋んで散ってしまった。「草未凋」ともする。その場合は、意味は全く異なる。「草未凋」は、秋が盡きてもなおも草木は凋まない、という江南の温暖さを強調している。どちらが原初の形かを別とすれば、「草未凋」は、なかなかのものである。
4.二十四橋明月夜
揚州の二十四橋の明月の夜には。
・二十四橋:揚州の別名。唐代、市内に二十四の橋があったことから云う。我が国の大阪を「八百八橋」というようなものか。また、橋の名といて呉家橋、別名紅薬橋のことで、昔ここで、二十四人の美女が簫を吹いたという伝承から起こった名称とも云う。
5.玉人何處ヘ吹簫
(あの)美しい妓女たちは、どこで簫を教えていることだろうか。
・玉人:美人。ここでは、妓女を指している。或いは、風流才子の韓綽判官を指す。
・何處:どこで。いづこに。
・ヘ:おしえる(動詞:○)。…させておく。…するにまかせる。…にをさせる。…に…される。…しむ(使役:○)。ヘは両韻で、使役は現代語では去声(の発音)になるが、古語では平声となる。古語と現代語とで、捻れ現象を起こしている数少ない例。
・吹簫:簫を吹く。
揚州の韓綽判官に寄す
山 隱隱として 水 遙遙たり、
秋 盡きて 江南 草木 凋む。
二十四橋 明月の 夜、
玉人 何(いづ)れの處(ところ)にか 吹簫をヘ(をし)ふる?
7.遣懷 杜牧
落魄江南載酒行、楚腰腸斷掌中輕。
十年一覺揚州夢、占得樓薄倖名。
1.遣懷
詩歌を作って憂さを晴らすこと。ここでは、若かった頃を懐憶している。
2.落魄江南載酒行
江南で放蕩して、酒を携帯して過ごしていたあのころ。江南で、荒れた気持ちで、いつも酒に浸っていたあのころ。
・落魄:(プレイボーイとして)自堕落な生活を送る。本来の意は、落ちぶれることだが、ここでは、杜牧が中央政界から離れて、各地で放縦な生活を送っていたことをふり返ってこういう。
・江南:中国長江南部。六朝時に栄えたところ。「江湖」ともする。その場合は「世の中」の意で、「落魄江湖」で「世間を流浪する」「さすらう」となる。意味は同じだがイメージが大きく異なる。
・載酒行:酒を(江南の船旅で、舟で)携帯して。
・載酒:酒を(舟に)載せて。(日本酒の作り方が元になっているのだが、船には老酒や陳酒をもって乗ったというのではなくて、恐らく薫り高い原酒(醪)から上槽でしぼって、できたての薫り高いお酒を飲んだのではないか。贅沢な通の飲み方である。)
・行:行旅。旅。
3.楚腰腸斷掌中輕
女性の細い腰に、魂も奪われる思いをした。スマートで可愛い女性に、身も心も奪われていた。
・楚腰:女性の細い腰のこと。楚の霊王が細い腰を好んだことからいう。
・腸斷:断腸の思いをする。こらえきれない悲しみのこと。「纖細」ともする。
・掌中輕:(漢の成帝の皇后趙飛燕のように)掌中で軽やかに舞えるほど、ほっそりスマートでかわいいこと。
4.十年一覺揚州夢
十年経って、揚州の夢のような生活から、はじめて目覚めたが。
・十年一覺:十年経ってはじめて目覚めた。 ・覺:目覚める。
・揚州夢:揚州の夢。杜牧が揚州の妓楼で、酒色に耽って過ごしていた時の思い出を謂う。
5.占得樓薄倖名
手に入れたのは、妓楼の薄情男、プレイボーイ、遊冶郎の名だけであった。
・占得:占め得た。…ということに占めた。
・贏:〔白話〕勝つ。
・樓:妓楼。「樓」は、本来華美な建物の意だが、妓女の居る所として使われだした、その使用例のはしり。
・薄倖:薄情。
・薄倖名:薄情者の名。
懷(おもひ)を 遣(や)る
江南に落魄して 載酒して 行き、
楚腰 腸(はらわた)斷ちて 掌中に輕し。
十年 一たび覺(さ)む 揚州の夢、
占め得たるは 樓 薄倖(はくかう)の名。
8. 贈別二首 其一 杜牧
娉娉嫋嫋十三餘、荳寇梢頭二月初。
春風十里揚州路、卷上珠簾總不如。
1.贈別
旅立つとき、詩文をはなむけとして贈ること。別(べつ)に贈る。この作品は、杜牧が揚州を旅立つとき、馴染みで好きだった妓女に贈ったもの。彼女が十三歳のときに別れたのなら、恐らく張好好のことになろう。
2.娉娉:〔へいへい〕女性の容姿が美しいさま。
・嫋嫋:〔でうでう;niao3niao3〕しなやかなさま。か細く弱々しいさま。
・十三餘:十三、四歳。杜牧が愛した妓女の年齢である。
3.荳?:〔とうこう〕ビャクズク。白。多年生常緑草本。初夏に薄い黄色の花を著け、秋に実をつける。生薬の名でもある。なお、豆は、現代語では、“豆年華”といって十三、四歳のローティーンの少女を指すが、その元となったのは、この作品のこの句である。
・荳:豆。
・梢頭:枝の尖。
・二月初:荳がまだ固いつぼみの時期である二月の初め。まだ成熟しきっていない少女のことも指している。
4.十里:揚州の町の規模をいう。
・揚州路:揚州一帯。揚州に杜牧の愛する年若い妓女がいた。
5.卷上:巻き上げる。(揚州の町の全ての女性の部屋の玉スダレを)巻き上げて(美しさを比べてみても)
・珠簾:玉スダレ。美しい。ここでは、女性の部屋の窓の装飾として使われている。
・總:どれも。総じて。
・不如:(貴女に)及ばない。
句の大意
・娉娉嫋嫋十三餘:麗しくたおやかな十三歳過ぎの、
・荳梢頭二月初:荳(と、少女)は枝の尖は(まだ蕾も固い)二月の初旬の様子である。
・春風十里揚州路:春風が、十里ほどあるここ揚州路に(訪れて吹いているが)、
・卷上珠簾總不如:(揚州の町の全ての女性の部屋の)玉スダレを巻き上げて(美しさを比べてみても)総じて、どれも(貴女には)及びもしない。
別(べつ)に贈る
娉娉 嫋嫋たる 十三餘、
荳寇 梢頭 二月の初(はじめ)。
春風 十里 揚州の路、
珠簾を卷き上ぐれど 總じて如(し)かず。
9. 贈別二首 其二 杜牧
多情卻似總無情、惟覺髄O笑不成。
蝋燭有心還惜別、替人垂涙到天明。
※多情:多情。情が深い。
※卻:反対に。かえって。
※似:にる。
※總:いつも、大体。総じて。
※無情:情がない。無情。薄情。
※惟:ただ。「唯」ともする。同義。
※覺:感じる。さとる。
※髄O:酒器を前にして。酒席で。=樽。=尊(「尊前集」の尊)。
※笑不成。笑いが成立しない。笑うことができない。前記の日本文は、「笑い」が名詞で、主語のようになっているが、「笑不成」の「笑」は動詞で、「笑不成」で一つの複合動詞のようなものになっている。 ・-不成:やれない。やっても成功しない。動詞の後について、動作、行為が成り立たないことを表す。
※有心:気持ちがある。また、「有芯」の意でもあり、その場合は、「芯がある」になる。
※還:なおもまだ。文言の「尚」に近い。
※惜別:別れを惜しむ。
※替人:人に替わって。
※垂涙:涙を垂らす。ロウソクの蝋が垂れていくことを人が涙を垂らすことと、兼ねている。
※天明:空が明るくなる。夜明け。
句の大意
・多情卻似總無情:多情は却っていつも無情に似て、
・惟覺髄O笑不成:ただ酒席で笑いが成立しないのを感じる。
・蝋燭有心還惜別:ロウソクは芯もあるが、心(気持ち)もあるかのようで、
・替人垂涙到天明:(別れる)人に替わって夜明けまで涙を流した。
別(べつ)に贈る
多情は卻って似る 總じて無情なるに、
惟だ覺る 髄Oに 笑ひを成さず。
蝋燭 心(しん)有りて 還(な)ほ別れを惜しみ、
人に替はり 涙を垂れて 天明に到る。
10 金谷園 杜牧
繁華事散逐香塵、流水無情草自春。
日暮東風怨啼鳥、落花猶似墜樓人。
金谷園:西晋の石崇が洛陽の北の金谷に建てた別荘の庭園で、石崇は。ここで愛妾の緑珠と暮らしていた。
繁華:石崇の生活が豪奢だったことを謂う。
散:散じてしまった。なくなってしまった
逐:…にしたがって。…を追って。
香塵:沈香を削った粉。石崇の家で働く歌妓が軽やかに舞えるかを試すために、床に沈香を削った粉を撒き、その上を歌妓に通らせ、足跡がつかなかった者には褒美として真珠を与え、跡がついた者には罰として食べ物を減らしてダイエットをさせたという。
流水:ここでは金谷水。過ぎゆく時間をも謂う。
草自春:草は自然に春の装いをする。天の運行を謂う。「人為」ということのはかなさを暗々裏に云っている。
・春:春の装いをする。ここでは動詞として使われている。「草自生」としたほうがより自然だが、「春」は韻脚故。
日暮:ゆうぐれ。日が暮れる。
東風:春風。
怨:うらめしく思う。
啼鳥:鳥が啼く。鳥の鳴き声。
落花:花が散る。
猶似:なおも似ている。
墜樓人:身投げをした人。石崇の愛妾の緑珠のこと。
「墮樓人」ともする。杜牧の「題桃花婦人廟」にも「至竟息亡縁底事,可憐金谷墮樓人。」と出てくるが、それも同義。平仄からだけでいうと「墜」が●となり、都合がいい。
句の大意
・繁華事散逐香塵:石崇の豪華な生活も沈香の粉が飛散するのとともに、消滅してしまったが、
・流水無情草自春:川の流れも年月も無情に過ぎ去って、天の運行のみきっちりと変わることなく訪れ、草は自然と春の装いをしている。
・日暮東風怨啼鳥:日暮れの春風に、鳥の鳴き声がうらめしく、
・落花猶似墜樓人:散る花は、なおも身を投げた緑珠のようである。