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215 王維 少年行四首


■ 王維 静的山水画の詩

215 王維 少年行四首 


215   王維 少年行 四首
(1)少年行 四首其の一、 (2)少年行 四首其の二、 (3)少年行 四首其の三、 (4)少年行 四首其の四

王維 楽府詩 少年行四首
王維21歳の時 長安での作品


「少年行」というのは楽府(がふ)の雑曲の題で、盛唐の詩人の多くが同題の詩を作っていますが、王維の四首は21歳、科挙に及第し、張九齢の部下として仕事についた頃、琴の名手で、絵をかき、詩もうまい、その上美男子であった。得意満面で、詠われたものであろう。
四首は四場面の劇構成になっている。



王維の「少年行四首」は四場面の劇のような構成になっています。時代は漢を借りている。


少年行四首 其一   

新豊美酒斗十千、咸陽遊侠多少年。  
相逢意気為君飲、繋馬高楼垂柳辺。 
 
新豊の美酒は一斗で一万銭、咸陽、都の遊侠気どりは多い若者。
出逢と意気盛んで大いに飲もうと、馬を繋いだ高楼の しだれ柳の陰のあたりで


新豊美酒斗十千:新豊の美酒は 一斗で一万銭 
 ・「新豊」の街は長安の東にあり、美酒の産地。「咸陽」は秦の都だったところで、漢代には都長安の貴族の住む住宅都市。

咸陽遊侠多少年:都に多い若者は 遊侠気どりで闊歩する

相逢意気為君飲:出逢っては  大いに飲もうと意気が合い

繋馬高楼垂柳辺:馬を繋いだ高楼の しだれ柳の陰のあたりで  
 ・王維は都の若者が意気揚々と馬に乗って酒楼に乗り込むようすを描く。繋いではいけない場所、高楼のほとりの柳の木に馬をつないだという言葉足らずという余韻を残している。

○韻 千、年、辺

新豊美酒斗十千、咸陽遊侠多少年。  
相逢意気為君飲、繋馬高楼垂柳辺。

少年の行(うた)四首 其の一
新豊(しんぽう)の美酒は斗に十千(じゅっせん)
咸陽(かんよう)の遊侠(ゆうきょう)は少年多し
相逢(あいあ)える意気よ 君が為に飲まん
馬を繋げり 高楼の垂柳(すいりゅう)の辺(ほとり)




第2場面 出陣の心意気を詠う。

少年行四首 其二    
出身仕漢羽林郎、初随驃騎戦漁陽。
孰知不向辺庭苦、縦死猶聞侠骨香。 


官職に就き 漢に仕えて羽林郎
驃騎将軍に従い 漁陽に出陣する
辺境の戦に出たいが 行けぬ苦しみは誰にもわかるまい
たとえ死んでも  勇者の誉れだけは顕わすのだ


出身仕漢羽林郎:官職に就き 漢に仕えて羽林郎
 ・「出身」というのは世に出ることですが、唐代では官吏になること。「羽林郎」(うりんろう)は漢の武官名で関中(都のある地域)の六郡の良家の子弟から選ばれる名誉の職のこと。

初随驃騎戦漁陽:驃騎将軍に従い 漁陽に出陣する
  ・ 驃騎将軍霍去病(かくきょへい)に従って漁陽(ぎょよう・北京の近所)に出陣してきましたが、最前線に出してもらえない。

孰知不向辺庭苦:辺境の戦に出たいが 行けぬ苦しみは誰にもわかるまい

縦死猶聞侠骨香:たとえ死んでも  勇者の誉れだけは顕わすのだ
・この苦しみは誰にもわかるまい。死んでもいいから勇者の誉れを顕わしたいのだと元気一杯。
○韻 郎、陽、香


出身仕漢羽林郎、初随驃騎戦漁陽。
孰知不向辺庭苦、縦死猶聞侠骨香。


少年行四首 其の二
出身(しゅっしん)して漢に仕える羽林郎
初めて驃騎(ひょうき)に随って漁陽に戦う
孰(たれ)か知らん 辺庭に向かわざるの苦しみを
縦(たと)い死すとも猶お侠骨の香を聞かしめん






第三場面は、最前線の戦を詠う。「単于」は匈奴(きょうど)の王ですが、漢の宣帝のころ、匈奴は五つの集団に分裂して、五人の単于が立って互いに攻め合っていた。これらの「五単于」をつぎつぎにやっつけたという勇壮な場面。場面は劇的に集約され、音楽に合わせて詠いながら、演舞をした。


年行四首 其三 
少年行四首 其三    
一身能擘両彫弧、虜騎千重只似無。
偏坐金鞍調白羽、紛紛射殺五単于。


二人張りの強弓を   立てつづけに引き絞る
千万の夷狄の騎馬も いないに等しい
鞍の上で身をよじり  白羽の矢を繰り出して
つぎつぎと  五人の単于を射殺(いころ)した



少年行四首 其三: 
一身能擘両彫弧:二人張りの強弓を   立てつづけに引き絞る
虜騎千重只似無:千万の夷狄の騎馬も いないに等しい
偏坐金鞍調白羽:鞍の上で身をよじり  白羽の矢を繰り出して
紛紛射殺五単于:つぎつぎと  五人の単于を射殺(いころ)した

○韻 弧、無、于

一身能擘両彫弧、虜騎千重只似無。
偏坐金鞍調白羽、紛紛射殺五単于。


少年行四首 其の三
一身能(よ)く擘(ひ)ける両彫弧(りょうちょうこ)
虜騎(りょき)の千重(せんじゅう) 只無きに似る
金鞍(きんあん)に偏坐して白羽(はくう)を調し
紛紛として射殺せり五単于(ごぜんう)






 最終場面は都に凱旋して戦勝の祝宴があり、戦功が論ぜられる。

少年行四首 其四   
漢家君臣歓宴終、高議雲台論戦功。
天子臨軒賜侯印、将軍佩出明光宮。


漢の君臣は 戦勝の祝宴を終え、雲台宮で議して 戦功を論ずる
天子は出御して 諸侯の印を賜わり、将軍は印綬を帯びて 明光宮を退出する


漢家君臣歓宴終:漢の君臣は 戦勝の祝宴を終え


高議雲台論戦功:雲台宮で議して 戦功を論ずる

天子臨軒賜侯印:天子は出御して 諸侯の印を賜わり
 ・最後に天子がお出ましになって封爵の褒美が与えられます。

将軍佩出明光宮:将軍は印綬を帯びて 明光宮を退出する
 ・将軍たちは封侯の印綬を帯びて明光宮を出ていく。最終場面は宴席で詠れるのにふさわしい。

○韻 終、功、宮


少年行四首 其四   
漢家君臣歓宴終、高議雲台論戦功。
天子臨軒賜侯印、将軍佩出明光宮。


少年行四首 其の四
漢家(かんか)の君臣 歓宴(かんえん)を終え
雲台(うんだい)に高議(こうぎ)して 戦功を論ず天子は軒(けん)に臨みて侯印(こういん)を賜い
将軍は佩びて出でゆく明光宮(めいこうきゅう)













漢文委員会  紀 頌之