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苦熱 白楽天


中唐の詩人


306 白楽天の詩


苦熱 白楽天



 隠居暮らしになって初めていいことを感じた。
 少し前まで、夏の日朝起き立ちに朝廷に生き、汗びっしょりで、勤め上げ、日の暮れうちに帰って熱い眠れぬ夜を過ごす。そして過ごした夜が連日続く。どんなに辛くても毎日続いた。
 役所勤めの時は気が付かなかったけどのんびり歩いてみると、炎天下、農民は野良仕事で大変な様子を実際に見た。この耐えられない暑さを詠います。

 苦熱  白楽天


頭痛汗盈巾、連宵復達晨。

不堪逢苦熱、猶頼是閑人。

朝客應煩倦、農夫更辛苦。

始慚當此日、得作自由身。


頭痛と汗だくの頭巾、その宵が連日で明け方までやまない
ひどい暑さは堪えられない、でも役目が閑なことがすくいだ
朝廷の役人でさえいやでわずらわしいと思っている、農民こそ、さらに辛苦だ
まさにこの日はじめてしった、この身が自由になれたことを。



  頭はうずき、汗があふれて頭巾はびっしょりぬれている
  こんな状態が連日連夜朝までつづく
  このひどい暑さにはとても堪えられない
  それでも幸いなのは、私の役目が閑なこと
  朝廷に参内する役人たちは、きっとうんざりしているはずだ
  農民は、もっとつらいに違いない
  まさにこんな日に、はじめて
  自由の身になれたことを感謝するのであった


 作者、白楽天は58歳で法務大臣の職を辞して長安を去り、晩年を洛陽で過ごしています。役所には、お呼び出しがある時だけ行きます。普段は隠居生活をしておれる「半官半隠」の生活です。詩人はこの生活にあこがれました。
 晩年は仏教に刑としたので、弱者に対する思いやりの詩もたくさん残っています。しかし、その優しさは、恵まれたものが恵まれていないものをあわれに思う感覚です。この詩の中でも、農民のことを取り上げていますが、基本は自由になれた自分を喜んでいます。もっともこれが杜甫のように農民の側に立った詩を詠っていたなら、時代から評価されず、「野暮な田舎人」とされていたことでしょう。それかといって、お高く留まって、世間のものを見下ろしている感じは全くない。人柄も世間は受け入れたのだと感じます。
 他の多くの詩人に比較して、白楽天は自分の生きている時代にも評価が高く、日本にも生きている間に編纂された詩が紹介されていて、日本では最も知られた詩人である。残された詩も三千首以上というから、いかに時代に受け入れられていたのかということがわかる。

 この詩は官を辞した翌年59歳の時の作品です。あこがれていた隠居生活、昔、辛かったことをいまの楽しいことで反対の表現に変える。白楽天の人柄を示すものである。


 苦熱  白楽天

頭痛汗盈巾、連宵復達晨。
不堪逢苦熱、猶頼是閑人。
朝客應煩倦、農夫更辛苦。
始慚當此日、得作自由身。

頭(かしら)痛み 汗巾(きん)に盈(み)つ
連宵 復(ま)た晨(あした)に達す
苦熱に逢うに堪えず
猶を頼(よ)るは是れ閑人(かんじん)
朝客 應(まさ)に煩倦(はんけん)すべし
農夫 更に辛苦す
始めて慚(は)ず 此の日に當たって
自由の身と作(な)るを得たるを













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漢文委員会  紀 頌之