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関山月 楊叛兒




  李白詩



関山月 李白33


李白33 関山月
楽府、五言古詩。関所のある山々を照らす月。それに照らされる出征兵士や、兵士を思う故郷の妻たちを詠う。
李白の邊塞を詠う詩の掲載をに追加する。

關山月 李白

明月出天山、蒼茫雲海間。
長風幾萬里、吹度玉門關。
漢下白登道、胡窺青海灣。
由來征戰地、不見有人還。
戍客望邊色、思歸多苦顏。
高樓當此夜、歎息未應閑。

明月が天山の上にのぼってきた、蒼く暗く広がる雲海を照らし出す。
遠くから吹き寄せる風は幾萬里、吹度る はるかな玉門關に
漢の軍隊は白登山の道を進んでいく、胡の将兵は青海の水辺で機会を窺っている。
ここは昔から遠征と戦闘の地だ、出征した人が生還したのを見たことがない。
出征兵士は、辺境の景色を眺めている、帰りたい思いは顔をしかめさせることが多い。
故郷の高殿で、こんな夜には、せつない歎息が、きっと途切れることもないことだろう。

關山月
楽府旧題。本来の意味は、国境守備隊の砦がある山の上に昇った月。前線の月。

明月出天山
明月が天山の上にのぼってきた。 ・明月:明るく澄みわたった月。 ・天山:〔てんざん〕新疆にある祁連山〔きれんざん〕(チーリェンシャン)。天山一帯。当時の中国人の世界観では、最西端になる。天山山脈のこと。

蒼茫雲海間
蒼く暗く広がる雲海を照らし出す。 ・蒼茫:〔そうぼう〕(空、海、平原などの)広々として、はてしのないさま。見わたす限り青々として広いさま。また、目のとどく限りうす暗くひろいさま。 ・雲海:山頂から見下ろした雲が海のように見えるもの。また、雲のはるかかなたに横たわっている海原(うなばら)。ここは、前者の意。

長風幾萬里
遠くから吹き寄せる風は幾萬里。 ・長風:遥か彼方から吹いてくる風。 ・幾萬里:何万里もの。長大な距離を謂う。

吹度玉門關
吹度る はるかな玉門關に。 ・吹度:吹いてきてずっと通って先へ行く。吹いてきて…を越える。吹きわたる。 ・玉門關:西域に通ずる交通の要衝。漢の前進基地。関。玉関。現・甘肅省燉煌の西方、涼州の西北500キロメートルの地点にある。

漢下白登道
漢の高祖が白登山(現・山西省北部大同東北東すぐ)上の白登台で匈奴に包囲攻撃され白登山より下りて匈奴と戦い。 ・漢:漢の高祖の軍。 ・下:(白登山上の白登台より)下りて(、匈奴に対して囲みを破るための反撃する)。 ・白登道:漢の高祖が白登山より下りて匈奴と戦ったところ。現・山西省北部大同東北東すぐ。

胡窺青海灣
胡(えびす)は、青海(ココノール)の湾に進出の機会を窺っている。 ・胡:西方異民族。ウイグル民族や、チベット民族などを指す。上句で漢の高祖のことを詠っているが、漢の高祖の場合は、匈奴を指す。 ・窺:〔き〕ねらう。乗ずべき時を待つ。また、覗き見する。こっそり見る。ここは、前者の意。 ・青海:ココノール湖。 ・灣:くま。ほとり。前出・杜甫の『兵車行』でいえば「君不見青海頭」の「頭」に該る。

由來征戰地
ここは昔から遠征と戦闘の地だ。 ・由來:もともと。元来。それ以来。もとから。初めから今まで。また、来歴。いわれ。よってきたところ。ここは、前者の意。 ・征戰:出征して戦う。戦に行く王翰も李白も同時代人だが、王翰の方がやや早く、李白に影響を与えたか。

不見有人還
出征した人が生還したのを見たことがない。 ・不見:見あたらない。 ・有人還:(だれか)人が帰ってくる。 ・還:行き先からかえる。行った者がくるりとかえる。後出の「歸」は、もと出た所にかえる。本来の居場所(自宅、故郷、故国、墓所)にかえる。

戍客望邊色
出征兵士は、辺境の景色を眺めている。 ・戍客:〔じゅかく〕国境警備の兵士。征人。 ・邊色:国境地方の景色。「邊邑」ともする。その場合は「国境地帯の村落」の意。

思歸多苦顏
帰りたい思いは顔をしかめさせることが多い。 ・思歸:帰郷の念を起こす ・苦顏:顔をしかめる。

高樓當此夜
故郷の高殿で、こんな夜には。 ・高樓:たかどの。 ・當:…に当たつては。…の時は。…に際しては。 ・此夜:この(明月の)夜。

歎息未應閑
せつない歎息が、きっと途切れることもないことだろう。 ・歎息:なげいて深くため息をつく。また、大変感心する。ここは、前者の意。 ・應:きつと…だろう。当然…であろう。まさに…べし。 ・閑:暇(いとま)。

○韻 山、間、關、灣、還、顏、閑。

關山月     
明月 天山(てんざん)より出(い)づ,
蒼茫(さうばう)たる 雲海の間。
長風 幾(いく)萬里,
吹き度る 玉門關(ぎょくもんくゎん)。
漢は下(くだ)る 白登(はくとう)の道,
胡は窺(うかが)ふ 青海(せいかい)の灣。
由來( ゆ らい) 征戰の地,
見ず 人の還(かへ)る有るを。
戍客(じゅかく) 邊色(へんしょく)を望み,
歸るを思ひて 苦顏( く がん) 多し。
高樓 此(こ)の夜に當り,
歎息すること 未(いま)だ應(まさ)に閑(かん)ならざるべし。






楊叛兒李白36

君歌楊叛兒、妾勸新豐酒。
何許最關人、烏啼白門柳。
烏啼隱楊花、君醉留妾家。
博山爐中沈香火、雙煙一氣凌紫霞。

あなたが、『楊叛兒』の歌を歌えば、わたしは、新豊のお酒を勧めましょう。
一番気にかかるのはどこなのですか、カラスが鳴いている金陵の西門の柳になるだろう。
烏はハコヤナギの花に隠れて鳴いており、あなたは、酔っぱらってわたしの家に泊まる。
博山香炉の沈香の香煙は、二筋の煙が一つとなって、夕焼雲をはるかにしのぐ高さになる。

 もともとが恋歌。柳は男女の絡み合いを暗示している。「『楊叛兒』の歌を歌えば」は女性に今日はオッケーかと聞き、飛び切りのお酒を注ぐことは、「お待ちしていました。オッケーよ」と答える。「酔っぱらても浮気心を起さず、私のところへ来るのですよ」高炉の煙はわかれて出てきてもひとつにむすばれる、情熱は最高峰に。
 これ以上は書きづらいがおおよそ以上である。


君は歌う 楊叛兒,妾は勸む 新豐の酒。
何許いずこか 最も 人に 關する,烏は啼く 白門の柳。
烏は啼いて楊花に 隱れ,君は醉ひて 妾の家に 留まる。
博山爐中 沈香じんこうの火,雙煙 一氣に  紫霞を 凌しのがん。


楊叛兒とはもと童謡で宮中の巫女のむすこ、楊旻ようびんにちなんだ歌詞「楊婆児」がなまって楊叛兒となった、と「叛」は「伴」の意。恋歌。

君歌楊叛兒
あなたが、『楊叛兒』の歌を歌えば。 ・君歌:あなた(男性を指す)は、(大きな声に出して)歌う。 ・楊叛兒:男女の愛情を表す歌。

『楽府詩集』現存八首の古辞の第二首に
暫出白門前,楊柳可藏烏。
歡作沈水香,儂作博山爐。
暫く白門の前に出るに,楊柳 烏を蔵すべし。。
歡きみは沈水の香となり,儂われは博山の爐となる。

妾勸新豐酒
わたしは、新豊のお酒を勧めましょう。 ・妾:〔しょう〕わたし。わらわ。女性の一人称の謙称。 ・勸:すすめる。 ・新豐:陝西省驪山華清宮近くにある酒の名産地。長安東北郊20kmの地名。

 215 王維 少年行四首 に新豐美酒斗十千,咸陽遊侠多少年。相逢意氣爲君飮,繋馬高樓垂柳邊。
 ( (紀 頌之のブログ6月11日参照


何許最關人
一番気にかかるのはどこなのですか。
 ・何許:どこ。いづこ。どんな。 ・最:もっとも。 ・關人:気にかかる。心配する。(人の)気になる。

烏啼白門柳
カラスが鳴いている金陵の西門の柳になるだろう。
 ・烏啼:カラスが鳴く。「烏」は人称代詞や疑問詞ともみられる。 ・白門:金陵の別称。五陵関係図参照 ・柳:シダレヤナギ。前出楽府の「暫出白門前,楊柳可藏烏。」を蹈まえている。

烏啼隱楊花
烏はハコヤナギの花に隠れて鳴いており。
 ・隱:かくれる。かくす。前出「暫出白門前,楊柳可藏烏。」 ・楊花:ハコヤナギの花。風に吹かれてゆく、浮気っぽい女性を暗示する。

君醉留妾家
あなたは、酔っぱらってわたしの家に泊まる。
 ・醉:酔う。 ・留:とどまる。とどめる。 ・妾家:わたし(女性)の家。

博山爐中沈香火
博山香炉の沈香の香煙は。 
 ・博山:男女の情愛を暗示する。 ・博山爐:香炉の名。彝器(儀式用の鼎等の道具)の上に山の形を刻して装飾とした香炉。
 ・博山:山東省博山県の東南の峡谷名。 ・沈香:〔じんこう〕熱帯や広東省に産する香木の名で、水に沈むからこう呼ばれる。香の名。

雙煙一氣凌紫霞
二筋の煙が一つとなって、夕焼雲をはるかにしのぐ高さになる。
 ・雙煙:二筋の煙。 ・一氣:一つとなる。男女の意気が一つとなったさまをいう。 ・凌:しのぐ。おかす。越える。わたる。 ・紫霞:紫雲 夕焼雲よりはるかに高い。




38酬坊州王司馬与閻正字対雪見贈


李白38 酬坊州王司馬与閻正字対雪見贈


坊州(陝西省黄陵県)へ行って州司馬(従六品)の王嵩(おうすう)と閻正字(えんせいじ)に会って就職運動をしている。
 詩は坊州での雪見の宴席で王嵩と閻正字から遠山の雪についての詩を贈られ、李白がそれに和する詩を作った。まず自分が中国の東南の地方から「宛」(南陽)を経て都へ上ってきたこと。それから西北の?州を経て坊州にきたこと、晋の?康(けいこう)が呂安(りょあん)と親密に行き来したように王司馬と逢うことができて嬉しいと述べ、かねてからお名前を承知していたと述べている。

(酬坊州王司馬与閻正字対雪見贈 李白全集18巻)

酬坊州王司馬與閻正字對雪見贈
游子東南來、自宛適京國。
飄然無心云、倏忽復西北。
訪戴昔未偶、尋稽此相得。』
愁顏發新歡、終宴敘前識。
閻公漢庭舊、汎郁富才力。
價重銅龍樓、聲高重門側。
寧期此相遇、華館陪游息。
積雪明遠峰、寒城鎖春色。』
主人蒼生望、假我青云翼。
風水如見資、投竿佐皇極。』

さすらいのわたしは東南から来り、南陽をへて都にやってきた
流れゆく無心の雲のように、たちまち西北の地にいたる
昔王子猷が戴安道を訪ねて遇えず、いまここに ?康を尋ねて会うことができた』
愁い顔は新しい歓びにかわり、宴会を終えてお名前は承知していたと申しあげる
閻公はかつて宮廷に仕えた方で、充分な才力を備えておられる
その声価は龍楼門内に重く、名声は宮廷の門傍(もんぼう)に高い
いま思いがけなくここに出逢い、結構な屋敷の宴会に相判する
おりしも 遠くの山の積雪は明るく輝き、城内の春の気配は寒さで凍りついている』
主人は民の希望の星であるから、私に青雲の翼を貸してください
風水による助けがあるならば、釣り竿を投げ捨てて王道の補佐をいたす所存です』

?康は竹林七賢のひとり。竹林に入り、清談にふけった。あるとき訪ねてきた鍾会に挨拶せず、まともに相手をしなかった。 その?康に逢うことができた、会えた喜びを表している。
 閻正字(えんしょうじ)にお世辞を言っている。正字(正九品下)は秘書省の属官で、進士及第者が最初に任官する官職のひとつ。閻正字が坊州にいるのは転勤してきたためで、李白は閻という若い官吏を旧職で呼ぶことで進士及第の秀才であることをほめているのだ。李白はかなり焦っていた。最後の四句は、王司馬に対してチャンスがほしい、風水を持ち出して就職斡旋を述べている。

國。北。得。識。力。側。息。色。翼。極。

坊州の王司馬と閻正字と雪に対して贈らるるに酬ゆ
遊子(ゆうし)  東南より来り
宛(えん)より京国(けいこく)に適(ゆ)く
飄然(ひょうぜん)たり無心の雲
倏忽(しゅくこつ)として復(ま)た西北
戴(たい)を訪うて  昔未だ偶(ぐう)せず
?(けい)を尋ねて  此(ここ)に相(あい)得たり
愁顔(しゅうがん)  新歓(しんかん)を発し
宴(えん)を終えて  前識(ぜんしき)を敍(じょ)す
閻公(えんこう)は漢庭(かんてい)の旧
沈鬱(ちんうつ)として才力に富む
価(か)は銅龍(どうりゅう)の楼に重く
声は重門(じゅうもん)の側(かたわら)に高し
寧(なん)ぞ期せんや  此(ここ)に相遇い
華館(かかん)  遊息(ゆうそく)に陪(ばい)す
積雪(せきせつ)  遠峰(えんぽう)  明らかに
寒城(かんじょう)  春色(しゅんしょく)  沍(こお)る
主人は蒼生(そうせい)の望(ぼう)
我に青雲の翼(つばさ)を仮(か)し
風水(ふうすい)  如(も)し資(たす)けらるれば
竿(かん)を投じて皇極(こうきょく)を佐(たす)けん



酬坊州王司馬與閻正字對雪見贈
游子東南來。自宛適京國。飄然無心云。倏忽復西北。
訪戴昔未偶。尋稽此相得。愁顏發新歡。終宴敘前識。
閻公漢庭舊。汎郁富才力。價重銅龍樓。聲高重門側。
寧期此相遇。華館陪游息。積雪明遠峰。寒城鎖春色。
主人蒼生望。假我青云翼。風水如見資。投竿佐皇極。

李白は就職運動のために坊州のような北辺の街まで行ったが、ここでも成果は得られず、留別の詩を残して長安にもどった。