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岑参詩 年賦


盛唐の詩人 岑参詩年賦


岑参詩 年賦


230 岑參 しんじん 盛唐の詩人。開元三年(715年)〜大暦五年(770年)。南陽荊州の人。安西節度使に仕え、当時、西果ての涯までいった。辺塞詩も多い。
 荊州江陵の出身。744年の進士。安西・河西の節度使の幕僚として長らく赴任していた。安禄山が反乱を起こすと粛宗の拠る鳳翔在所に参じ、左拾遺の杜甫の推挙で右補闕とされた。このころの詩人、杜甫、賈至・王維らと唱和している。起居舎人・虞部郎中・嘉州刺史などを歴任し、致仕して帰郷する途上の成都で歿した。辺塞詩人としてしばしば同じ官僚であった高適と並称される。

739年  ・8月、唐軍、突蕨に大勝す。李林甫、吏部尚書となり、中書令を兼ねる。


25歳 河朔に遊ぶ。長安から?城を経て邯鄲に至る。定州、黎陽にいく。
開元 27年    

1 登古業城

2 邯鄲客舍歌

3 冀州客舍酒酣貽王綺寄題南樓  注:時王子應制舉欲西上

4 題井?雙溪李道士所居

5 暮秋山行(疑遊河朔途中所作)

6 臨河客舍呈狄明府兄留題縣南樓

7 題新?王釜廳壁

8 春尋河陽聞處士別業(疑往遊河朔途中或由河朔歸長安途中所作)

742年  ・李白、会稽より長安に来たる。安禄山、平鹿節度使となる。


28歳 終南山に隠遁。
天宝 元載    

9 送許子擢第歸江寧拜親因寄王大昌齡(作於本年六月)

10 宿關西客舍寄東山嚴?許二山人時天寶初七月初三日在?學見有高道舉?

11 醉題匡城周少府廳壁(八月東行抵匡城時作)

12 至大梁卻寄匡城主人(八月東行抵大梁時作)

13 偃師東與韓樽同詣景雲暉上人即事(本年秋由大梁歸潁陽途中作)

14 郊行寄杜位(疑與前作同時地作)

744年  ・正月、年を改めて載となす。賀知章、長安を去り、没(86)。岑參、進士及第。李白、翰林院に出仕す。三月、安禄山、抱陽節度使を兼ぬ。寿王妃楊氏、大兵と号して宮中に召さる。李白、金を賜わりて長安を追わる。


30歳 在長安。進士に第2位の成績で及第。右?率府兵曹參軍を授かる。及第して喜ぶ詩を作る。
天宝 3載    

15 秋夜宿仙遊寺南涼堂呈謙道人(疑本年出仕前隱居終南山時作)

16 攜琴酒尋閻防崇濟寺所居僧院得濃字(疑本年登第前作於長安)

17 還高冠潭口留別舍弟(本年登第前作)

18 終南雲際精舍尋法澄上人不遇歸高冠東潭石淙望秦嶺微雨作

19 題雲際南峰眼上人讀經堂 小注:眼公不下此堂十五年矣

20 ?頭送?侯(疑為登第前隱居終南山時作)

21 初授官題高冠草堂(及第授右?率府兵曹參軍不久作)

22 高冠谷口招鄭?(似初授官離高冠後偶回訪故人鄭?作)

23 因假歸白閣西草堂(初授官後作)

24 喜韓樽相過(疑初授官後作)

745年 ・8月、大兵を貴妃となし、その三姉、第宅を賜わる。この年、李白、山東に在り、冬、江東に去る。    安禄山、契丹を破る。


31歳 在長安
天宝 4載    


 送裴校書從大夫?川郡覲省(本年夏作於長安)


 登千福寺楚金禪師法華院多寶塔

747年  天下に詔して、一芸に通ずるものを長安に集めて試験す。李林甫、文学の士を嫌い、みなこれを落とす。正月、李邑殺さる。10月、温泉宮を改めて華清宮となし、その規模を拡大す。李林甫、権威を嵩に獄死者多数。


33歳  高仙芝、四鎮安西節度使に任ぜらる。
天宝 6載    

27 驪?墓下作 小注:夷吾重耳墓隔河相去十三里(疑作天寶五?六載間遊絳?晉時作)

28

29 題平陽句汾橋邊柳樹 小注:參曾居此郡八九年(寫作時間同上篇)

30 宿蒲關東店憶杜陵別業(自絳?晉歸長安途中作)

31 入蒲關先寄秦中故人(同上篇)

32 楊固店(疑作於天寶五?六年間)

33 敬酬杜華淇上見贈兼呈熊曜(約天寶五?六載間遊淇上作)

748年  ・10月、貴妃の三姉、国夫人に封ぜらる。


34歳 在長安. 
天宝 7載    


胡笳歌送顏真卿使赴河隴

749年  ・哥舒翰、吐蕃を破る。・府兵制の崩壊、折衝府軍の形骸化。


35歳 安西の高仙芝幕府に任職。途中作詩。
天宝 8載    

35 初過隴山途中呈宇文判官(本年赴安西途中作)

36 經隴頭分水

37 西過渭川見渭水思秦川

38 過燕支寄杜位(赴安西途中作)

39 過酒泉憶杜陵別業(同上)

40 逢入京使(離京西行途中作)

41 燉煌太守後庭歌(赴安西途中經敦煌時作)

42 經火山(赴安西途中作)

43 銀山磧西館(同上)

44 題鐵門關樓(同上)

45 宿鐵關西館(同上)

46 磧中作(同上)

47 ?暮磧外寄元ヒ(同上)

48 過磧(初至安西作)

49 磧西頭送李判官入京(同上)

750年  ・5月安禄山、東平郡王に封ぜらる。7月広文館を置き、鄭虔を博士となす。


36歳 長安。
天宝 9載    

50 安西館中思長安

51 早發焉耆懷終南別業(秋作)

52 寄宇文判官 

751年  ・正月、三大礼行なわる。2月安禄山、河東節度使を兼ぬ。4月鮮千仲通、南詔を討ち、高仙芝、大食を討ち、八月、安禄山、契丹を討って、ともに大敗す。均田・租庸調制と府兵制は崩壊(749年廃止).


37歳 安西。 高仙芝、安禄山ともに大敗する。
天宝 10載    

53 題苜蓿烽寄家人(天寶九載或十載初春作)

54 贈酒泉韓太守(自安西東歸途中作)

55 登涼州尹臺寺 小注:是沮渠蒙尹夫人臺(本年春作於武威)

56 戲問花門酒家翁 小注:在涼州(同上)

57 牡威春聞宇文判官西使還已到晉昌(同上)

58 河西春暮憶秦中(同上)

59 武威送劉單判官赴安西行營便呈高開府(仙芝)(本年五月作於武威)

60 武威送劉判官赴磧西行軍(同上)

61 送李副使赴磧西官軍(六月作於武威)

62 送韋侍御先歸京 小注:得ェ字(夏作於武威)

63 臨?客舍留別祁西(自武威歸長安途中作)

64 臨?龍興寺玄上人院同詠青木香叢(同上)

752年  ・11月宰相李林甫(65歳位)が病死、楊国息、右相となる。、18年間の圧制も今度は楊貴妃一族に取って代わる。


38歳 長安に帰る。秋、杜甫高適と慈恩寺塔に登る。
天宝 11載    

65 送魏四落第還?(姑?於本年)

66 送薛播擢第歸河東(作於長安)

67 與高適?薛據同登慈恩寺浮圖(秋作於長安)

68 題李士曹廳壁畫度雨雲歌

69 送李?遊江外(秋末作於長安)

753年  ・8月、長安に長雨あり、米穀騰貴す。


39歳
天宝 12載    

70 送張郎中赴隴右覲省卿公 小注:時張卿公亦充節度留後(當為天寶十一載或十二載初於長安作)

71 送顏平原(真卿)(夏作於長安)

72 送祁樂歸河東(當作於十一?二載間)

73 梁園歌送河南王?判官(姑?於本年)

74 送楚丘?少府赴官(同上)

75 終南雙峰草堂作

76 太一石?崖口潭舊廬招王學士(本年作於長安)

77 題華嚴寺環公禪房(同上)

78 終南東溪口作(同上)

79 青門歌送東臺張判官(姑?於本年)

80 趙少尹南亭送鄭侍御歸東臺 小注:得長字(同上)

81 送魏升卿擢第歸東都因懷魏校書陸渾喬潭(約作於本年秋)

754年  ・この年、戸部郡県の戸口の数を奏して、唐代の極盛となすも、関中は大いに餞う。蘇漁明、国子司業となる。


40歳 北庭,安西よりさらに西域方面を守る北庭大都護府(ほくていだいとごふ)を置いていた。封常清幕中に任ぜられる。
天宝 13年    

82 春日醴泉杜明府承恩五品宴席上賦詩(本年春作)

83 醴泉東溪送程皓元鏡微入蜀 小注:得寒字(同上)

84 夏初醴泉南樓送太康顏少府

85 南樓送衛憑 小注:分得歸字

86 與?縣群官泛I陂

87 與?縣源少府泛I陂 小注:得人字

88 送王伯倫應制授正字歸(當作於本年赴北庭前居長安時)

89 送人赴安西(同上)

90 餞王崟判官赴襄陽道(疑同上)

91 赴北庭度隴思家

92 發臨?將赴北庭留別

93 臨?泛舟趙仙舟自北庭罷使還京 小注:得城字

94 題金城臨河驛樓(赴北庭途中作)

95 涼州館中與諸判官夜集(赴北庭途經武威時作)

96 日沒賀延磧作(赴北庭途中作)

755年  ・11月、安禄山反し、河北を占領す。12月、洛陽を陥る。哥舒翰、兵馬副元帥となり、潼関を守る。


41歳 北庭
天宝 14年    

97 輪臺歌奉送封大夫出師西征(十三載或十四載九月作於輪臺)

98 走馬川行奉送出師西征(同上)

99 北庭西郊後封大夫受降回軍獻上(同上)

100 使交河郡郡在火山?其地苦熱無雨雪獻封大夫(作於十三載或十四載秋)

101 獻封大夫破播仙凱歌六章(十三載或十四載秋冬之際作於北庭)

102 北庭作(十四載春作)

103 輪臺即事(本年春作)

104 北庭貽宗學士道別(四月作)

105 陪封大夫宴瀚海亭納涼(夏作)

106 登北庭北樓呈幕中諸公(六月作於北庭)

107 滅胡曲(同上)

108 奉陪封大夫宴 小注:得征字,時封公兼鴻臚卿(同上)

109 敬酬李判官使院即事見呈(同上)

110 使院中新栽柏樹子呈李十五栖?(同上)

111 白雪歌送武判官歸京(約作於本年)

112 奉陪封大夫九日登高(秋作於北庭)

113 玉門關蓋將軍歌(疑天寶十四載行役玉門關時作)

114 玉關寄長安李主簿(同上)

756年  ・正月、安禄山、洛陽にて雄武皇帝と称す。6月、哥舒翰、霊宝に敗れ、禄山、潼関を陥る。玄宗、蜀に葬らんとして、馬鬼に至りしとき、陳玄礼、揚国忠を殺す。場景好もまた縊殺さる。禄山、長安を陥る。7月、太子享、霊武に即位す。10月、房官、陳陶斜に放る。永王堺、江南に叛反し、李白その幕僚となる。王昌齢、没。


42歳 北庭,領伊西北庭支度副使。
至徳    

115 與獨孤漸道別長句兼呈嚴八侍御(本年春作)

116 優?羅花歌並序(作於北庭)

117 首秋輪臺

118 送郭司馬赴伊吾郡請示李明府 小注:郭子是趙節度同好 

757年  ・正月、安慶緒、安禄山を殺す。2月、粛宗、鳳翔に行在所を進む。永王燐敗れ、李白、蒋陽の獄に繋がる。九月、官軍、長安を回復、十月、洛陽を回復。粛宗、長安に帰る。十二月、玄宗、蜀より長安に帰り、興慶宮に居す。鄭虔・王練ら賊軍に降りしものは貶官さる。


43歳 六月,杜甫等の助言により舉薦,授右補闕。
至徳 2年    

119 醉裏送裴子赴鎮西(至コ元載−−二載東歸前作于北庭)

120 酒泉太守席上醉後作(疑為至コ二載春東歸途中所作)

121 行軍二首 小注:時扈從在鳳翔

122 鳳翔府行軍送程使君赴成州(本年秋作)

123 宿岐州北郭嚴給事別業(同上)

124 行軍九日思長安故園 小注:時未收長安(秋作於鳳翔)

125 送王著赴淮西幕府作(同上)

126 行軍雪後月夜宴王卿家 小注:得初字(初冬作於鳳翔)

758年  ・2月、載を年と改む。6月、房官、分州刺史に流さる。この年、李白、夜郎に流さる。王之渙、王翰


44歳  在長安,任右補闕。  「寄左省杜拾遺」
乾元    

127 奉和中書賈至舍人早朝大明宮(春末作)

128 西掖省即事(同上)

129 寄左省杜拾遺(同上)

130 送人歸江寧(姑?此年)

131 送揚州王司馬(同上)

132 送許拾遺恩歸江寧拜親(本年春夏間作于長安)

133 懷葉縣關操姚擴韓?李叔齊

759年  ・4月、李白、巫山に至って大赦に遇う。3月、郭子儀ら九節度の軍、安慶緒を相州に囲みて大敗す。洛陽再び反乱軍の手に。9月、忠思明、安慶緒を殺して、大燕皇帝と称す。。


45歳 春,長安。三月,轉起居舍人。四月,署?州長史。五月 ?州(かくしゅう)に赴任。
乾元 2年    

134 出關經華嶽寺訪法華雲公(五月出為?州長史途中作)

135 初至西?官舍南池呈左右省及南宮諸故人(本年夏作於?州)

136 衙郡守還(同上)

137 郡齋閑坐

138 佐郡思舊遊並序(秋作於?州)

139 早秋與諸子登?州西亭觀眺

140 西亭送?侍御還京

141 送裴判官自賊中再歸河陽幕府(本年冬作)

142 題?州西樓(姑?本年)

760年  ・ 7月李輔国ら、玄宗を長安に遷す。・長安で大雨のために飢饉となり、叛乱軍への有効な反撃ができず。


46歳 ?州
上元    

143 春興思南山舊廬招柳建正字

144 ?州南池候嚴中丞不至

145 稠桑驛喜逢嚴河南中丞便別 小注:得時字

146 使君席夜送嚴河南赴長水 小注:得時字

147 ?中酬陜西甄判官見贈(本年四月作)

148 喜華陰王少府使到南池宴集(或作於本年)

149 五月四日送王少府歸華陰 小注:得留字(同上)

150 六月三十日水亭送華陰王少府還縣 小注:得潭字(同上)

761年  ・3月、史朝義、史息明を殺す。段子埠、東川に反す。5月、雀光速、子嘩を檎にす。12月、厳武、西川節度使・成都声となる。王維死す。


47歳 ?州
上元 2年    

151 陪使君早春東郊遊眺(上元元年或二年春作於?州)

152 陪使君早春西亭送王贊府赴選(同上)

153 春半與群公同遊元處士別業(同上)

154 西亭子送李司馬(同上)

155 暮春?州東亭送李司馬歸扶風別廬(同上)

156 送永壽王贊府逕歸縣 小注:得?字(當是上元元年或二年夏居?州時作)

157 ?州西亭陪端公宴集

158 ?州西山亭子送范端公

159 原頭送范侍御 小注:得山字

160 范公叢竹歌並序(上元元年或二年居?州時作)

161 郡齋南池招楊?

162 題山寺僧房

163 林臥(疑居?州時作)

164 ?州臥疾喜劉判官相過水亭

165 水亭送劉?使還歸節度

166 ?州後亭送李判官使赴晉絳 小注:得秋字

167 ?州送天平何丞入京市馬(當作于乾元三年或上元二年)

168 ?州酬辛侍御見贈(姑?此年)

169 南池宴餞辛子賦得科斗子

170 ?州郡齋南池幽興因與閻二侍御道別 注:時任?州長史(疑作于上元二年三月)

171 送陜縣王主簿赴襄陽成親

172 南池夜宿思王屋青蘿舊齋

173 ?州送鄭興宗弟歸扶風別廬

174 九日使君席奉餞衛中丞赴長水(疑當作于上元二年九月)

175 秦箏歌送外甥蕭正歸京(疑居?州時作)

762年  ・4月、玄宗・粛宗あいついで崩じ、代宗位に即く。7月、厳武、中央に召還され、高適、成都尹となる。徐知道、謀反をおこし、8月、その部下に殺さる。10月、僕固懐恩、史朝義を破り、洛陽を回復す。この年、李白病没。(62)


48歳 史朝義,討伐の書記に任ぜらる。
寶応    

176 潼關鎮國軍句覆使院早春寄王同州(作于本年春)

177 潼關使院懷王七季友(同上)

178 送王七?事赴?州(當於本年春作于潼關)

179 送王?事卻歸華陰(同上)

180 ??送上官秀才歸關西別業

181 陜州月城樓送辛判官入奏(本年十月為雍王掌書記在陜州作)

763年 ・正月、史朝義、溢死、安史の乱終る。8月、房官死す。9月、高適、吐蕃を防げず。10月、吐蕃、長安を陥れ、代宗、陜州に幸す。郭子儀、長安を回復す。王維(63)


49歳 在長安。正月入京,御史臺。秋,祠部員外郎に任ぜられる。
広徳 元載    

182 尹相公京兆府中棠樹降甘露詩(正月作于長安)

183 劉相公中書江山畫障

184 秋夕讀書幽興獻兵部李侍郎(本年秋始為祠部員外郎時作)

185 和刑部成員外清夜寓直寄臺省知己

186 送任郎中出守明州(疑本年為郎時作)

187 暮秋會嚴京兆後廳竹齋(本年秋作)

188 崔蒼曹席上送殷寅充右相判官赴淮南(疑本年作于長安)

189 冬宵家會餞李郎司兵赴同州(姑?此年)



764年 ・2月、厳武、再び節度使として成都に来たる。3月、高適、中央に召還さる。9月、11月、厳武、吐蕃を破る。この年、鄭虔・蘇漁明ともに死す。。


50歳 在長安。改考功員外郎。
広徳 2年    

190 送嚴?門拜御史大夫再鎮蜀川兼覲省(正月作于長安)

191 送許員外江外置常平倉(本年正月作)

192 奉送李太保兼御史大夫充渭北節度使 小注:即太尉光弼弟(本年正作)

193 省中即事(姑?此年)

194 盛王輓歌(本年三月作)

195 送張祕書充劉相公通?河判官便赴江外覲省(本年三月作)

196 送蜀郡李掾

197 送周子落第遊荊南(姑?本年)

198 祁四再赴江南別詩(本年任虞部郎中時作)

199 河南尹岐國公贈工部尚書蘇公輓歌(本年十月作于長安)

765年 ・正月、王昌齢(68)、高適(55位)死す。4月、厳武死す。9月、吐蕃・回?入寇す。10月、雀肝、成都に乱をなす。


51歳 長安。春,尋轉庫部郎中。十一月,嘉州刺史。蜀の乱のため梁州に避還。
永泰 元年    

200 送江陵泉少府赴任便呈衛荊州(當作于廣コ二年或永泰元年春)

201 左僕射相國冀公東齋幽居同黎拾遺所獻(當作于廣コ二年或永泰元年)

202 韋員外家花樹歌(本年春作)

203 送懷州?別駕(當作于廣コ元年至永泰元年居長安時)

204 送盧郎中除杭州赴任(本年三月)

205 苗侍中輓歌(本年四月作)

206 送郭僕射節制劍南(本年五月作)

207 送襄州任別駕(作于廣コ元年至永泰元年間)

208 送韓巽入都覲省便赴舉(本年八月作)

209 送羽林長孫將軍赴歙州(姑?本年)

210 酬成少尹駱谷行見呈(本年十一月赴蜀途中作)

211 赴嘉州過城固縣尋永安超禪師房(同上) 

766年 ・二月 蜀の乱。


52歳 正月初に長安。すぐ蜀に出発。二月〜四月まで梁州に留まる。四月,蜀に入る。六月,劍門関。七月、成都。
大暦 元年    

212 送李賓客荊南迎親(當作于永泰元年或大?元年之?初)

213 奉和杜相公初發京城作(本年春入蜀途中作)

214 過梁州奉贈張尚書大夫公(同上)

215 尚書念舊垂賜袍衣率題?句獻上以申感謝(同上)

216 梁州陪趙行軍龍岡寺北庭泛舟宴王侍御(同上)

217 陪群公龍岡寺泛舟(同上)

218 梁州對雨懷?二秀才便呈?大判官時寄贈余新詩(同上)

219 與鮮于庶子泛漢江(同上)

220 早上五盤嶺(同上)

221 赴ヨラ經龍閣道(同上)

222 與鮮于庶子自梓州成都少尹自褒城同行至利州道中作(同上)

223  同和相公發益昌

224 入劍門作寄杜楊二郎中時二公並為杜元帥判官(同上)

225 漢川山行呈成少尹(同上)

226 陪狄員外早秋登府西樓因呈院中諸公(七月抵成都時作)

227 送顏評事入京(本年秋作于成都)

228 寄青城龍溪奐道人 小注:青城即丈人?奐公有篇

229 送狄員外巡按西山軍 小注:得霽字(本年冬作於成都)

230 送裴侍御赴?入京 小注:得陽字(同上)

231 江上春歎(十二月作於成都)



767年


53歳 在成都。 6月長安。成都近郊、嘉州刺史に任ぜらる。
大暦 2年    

232 早春陪崔中丞泛浣花溪宴(本年春作於成都)

233 送崔員外入奏因訪故園(同上)

234 送趙侍御歸上都(本年夏作於成都)

235 送李司諫歸京 小注:得成字(同上)

236 過王判官西津所居(同上)

237 酬摧十三侍御登玉壘山思故園見寄(疑於本年作於成都)

238 聞崔十二(疑為十三之訛)侍御灌口夜宿報恩寺

239 送柳?事赴梁州(疑於本年作於成都)

240 先主武侯廟(同上)

241 文公講堂(同上)

242 揚雄草玄臺(同上)

243 司馬相如琴臺(同上)

244 嚴君平卜肆(同上)

245 張儀樓(同上)

246 昇遷橋(同上)

247 萬里橋(同上)

248 石犀(同上)

249 江上阻風雨(疑本年夏六月赴嘉州途中作)

250 ?發五溪(同上)

251 龍女祠(同上)

252 初至ヨラ作(本年六月於嘉州作)

253 12登嘉州凌雲寺作(同上)

254 峨眉東?臨江聽猿懷二室舊廬(本年秋作於嘉州)

255 尋楊七郎中宅即事上嘉州青衣山中峰題惠淨上人幽居寄兵部楊瑯翁並序

256 江行夜宿龍吼灘臨眺思峨眉隱者兼寄幕中諸公

257 秋夕聽羅山彈三峽流泉

258 郡齋望江山

259 詠郡齋壁畫片雲 小注:得歸字



768年
大暦 3年 54歳 在成都。


   

260 東歸發ヨラ至泥溪舟中作(本年七月罷官東歸途中作)

261 巴南舟中思陸渾別業(同上)

262 巴南舟中夜書事(同上)

263 阻戎瀘間群盜 小注:戊申?,余罷官東歸,屬斷江路,時淹泊戎州作(同上)



265 青山峽口泊舟懷狄侍御(同上)

266 楚夕旅泊古興(同上)

267 下外江舟中懷終南舊居(同上)



769年
大暦 4年 55歳 在成都。歿未詳。


   詩

268 西蜀旅舍春嘆寄朝中故人呈狄評事(大?三年東歸未成,北返成都,於四年春在成都作)



270 送綿州李司馬秩滿歸京因呈李兵部(本年春在成都作)

271 客舍悲秋有懷兩省舊遊呈幕中諸公(本年秋作於成都)

272 東歸留題太常徐卿草堂(本年作於成都)

273 僕射裴公(冕)三首(本年十二月作於成都)